「面白い恋人」と「白い恋人」 商標的には似ている?
みなさん、面白い恋人という菓子商品を知っていますでしょうか?面白い恋人は、石屋製菓が販売する北海道の土産菓子「白い恋人」のパロディであって、吉本興業が販売する商品です。
石屋製菓は吉本興業等に対して商標権侵害及び不正競争防止法違反により札幌地裁に訴訟を提起(2011年11月28日)していたものの、石屋製菓と吉本興業等との間で和解が成立し、面白い恋人の商品パッケージのデザインを変更した上で関西6府県での販売が許されることとなりました。
ここで、石屋製菓は「白い恋人」という商標について登録を受けていたので商標権侵害を主張していますが、「白い恋人」にかかる商標権の効力は「面白い恋人」の商標を菓子に用いる行為に対して及ぶのでしょうか?
特許庁の審査段階では、商標法審査基準に則って商標の類否が判断され、裁判所における商標の類否判断においても概ね商標法審査基準と同様の手法で行われます。
商標法審査基準において、商標の類否判断は「出願商標及び引用商標がその外観、称呼又は観念等によって需要者に与える印象、記憶、連想等を総合して全体的に観察し、出願商標を指定商品又は指定役務に使用した場合に引用商標と出所混同のおそれがあるか否かにより判断する。」と規定されています。
このため、商標の類否判断は①外観、②称呼、又は③観念という3つのファクターを軸として行われます。
外観とは、商標に接する需要者が視覚を通じて認識する外形をいいます。「白い恋人」と「面白い恋人」は、「面」の文字が含まれているかいないかの差異があり、外観上は類似性が低いと考えられます。
称呼とは、商標に接する需要者が、取引上自然に認識する音をいいます。「面白い恋人」は「オモシロイコイビト」、「白い恋人」は「シロイコイビト」という称呼を生じます。「面白い恋人」と「白い恋人」は、「面白い恋人」の語頭音に「オモ」という称呼が生ずる点で差異があり、称呼上の類似性も低いと考えられます。
観念とは、商標に接する需要者が、取引上自然に想起する意味又は意味合いをいいます。「面白い恋人」と「白い恋人」は異なる観念を想起させると考えられるので、観念上の類似性も低いと考えられます。
そのため、「面白い恋人」と「白い恋人」は商標法審査基準の類否判断手法をそのまま適用した場合、類似性が低いものと考えられます。
この件については、石屋製菓と吉本興業等との間で和解が成立したため、「白い恋人」と「面白い恋人」の類否について裁判所の判断が下されませんでした。なので、「白い恋人」と「面白い恋人」の類否に対する裁判所の判断は示されなかったものの、前述した「面白い恋人」と「白い恋人」の類似性から、「白い恋人」の商標権に基づいて「面白い恋人」の商標を菓子に使用する行為に対して権利行使をすることは難しかったのではないかと思います。
実際に「面白い恋人」は商標登録出願されていました。この出願は商標法第4条第1項第11号及び商標法第4条第1項第15の規定により拒絶理由通知がされています。
商標法第4条第1項第11号には「当該商標登録出願の日前の商標登録出願に係る他人の登録商標又はこれに類似する商標であつて、その商標登録に係る指定商品若しくは指定役務(第六条第一項(第六十八条第一項において準用する場合を含む。)の規定により指定した商品又は役務をいう。以下同じ。)又はこれらに類似する商品若しくは役務について使用をするもの」は商標登録を受けることができないことが規定されています。
商標法第4条第1項第11号は先登録商標と権利範囲が抵触する商標については商標登録を認めないための規定です。なので、この段階では特許庁において先登録商標「白い恋人」と出願商標「面白い恋人」は類似関係にあると判断されたことになります。
商標法第4条第1項第15号には「他人の業務に係る商品又は役務と混同を生ずるおそれがある商標(第十号から前号までに掲げるものを除く。)」は商標登録を受けることができないことが規定されています。拒絶理由として商標法第4条第1項第15号も挙げられていることから、特許庁の審査では、「面白い恋人」の販売元として石屋製菓が想起され、出所の混同を生ずるものと判断されたことになります。
もっとも、最終的な審査では、商標法第4条第1項第11号及び商標法第4条第1項第15号ではなく、商標法第4条第1項第7号で拒絶査定となっています。
商標法第4条第1項第7号には「公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがある商標」は商標登録を受けることができないことが規定されています。拒絶査定には「出願人が本願商標を採択、使用することは、商品名称や商品パッケージにユーモアを加えるというよりは、前記「白い恋人」の名声や顧客吸引力に便乗するものと推認されるものであって、更に商標登録することによって、その名声や顧客吸引力の希釈化を進めるおそれがあるというべきであり、結局、公正な取引秩序を乱し、公の秩序を害するおそれがある」という理由で商標法第4条第1項第7号の規定が適用されたことが述べられています。
最終的には、商標の類否の問題ではなく、公正な取引秩序や公の秩序といった公益的理由により拒絶されており、審査段階では「面白い恋人」と「白い恋人」が類似関係にあるという判断はできなかったのだと思われます。
「白い恋人」の顧客吸引力に便乗という点においては、「面白い恋人」をみた需要者が「白い恋人」を想起して「面白い恋人」を購入するか否かという点が問題になるところ、実際に「面白い恋人」が「白い恋人」の販売元である石屋製菓から販売されているものであると誤認して購入してしまった需要者は一定数いるようでした。
そのため、「白い恋人」と「面白い恋人」は商標法上非類似の関係にあり、「白い恋人」の商標権に基づいて吉本興業等に対して権利行使をすることは難しかったものと思われます。
もっとも、石屋製菓は商標権侵害の他に、不正競争防止法違反による販売停止も求めています。
不正競争防止法第2条第1項第1号には「他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」は不正競争にあたることが規定されています。商品等表示には「商標」が含まれますので、白い恋人や面白い恋人は商品等表示に該当します。
不正競争防止法第2条第1項第2号には「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為」は不正競争にあたることが規定されています。1号との違いは、商品等表示が著名であること及び混同を要件とされていないことです。 白い恋人の周知性からすると、不正競争防止法第2条第1項第2号の著名性の要件を充たすと考えられ、また、商品等表示としての類似判断も商標法よりは緩いため、白い恋人と面白い恋人が類似すると考えられる可能性は十分あります。